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夢を見続け、夢を追う
桑野幸徳(くわの・ゆきのり)
1941年福岡県生まれ。63年熊本大学卒業後、三洋電機入社。93年取締役研究開発本部長、96年常務取締役、99年セミコンダクターカンパニー社長を歴任し、2000~05年三洋電機代表取締役社長に就任。現在、太陽光発電技術研究組合(PVTEC)理事長ほか、大和ハウス工業監査役、オプテックス取締役を兼務。工学博士。
桑野が社長辞任の意向を周りに伝えたのは2005年の春だった。新潟中越地震から半年が経過し、落ち着き始めていた頃合いを見計らって、近しい役員や部下に打ち明けた。当初は反対意見もあり、説得するのに時間を要したが、桑野は何度も説明して彼らの理解を得た。
そして05年6月の株主総会で桑野は取締役相談役に退き、11月には取締役から降りた。その後06年6月に常任顧問、そして07年4月から客員という立場で現在も席はあるが、社長を退任してからは三洋電機の経営に口を挟むことはなかった。
潔く身を引いた三洋電機の社長職だったが、太陽光発電技術研究組合の理事長辞任の話はお蔵入りとなってしまった。
太陽光発電技術研究組合とは、日本の太陽光発電の技術向上を目的に、組合員各社と技術開発を高めあう組織で、90年に設立された業界の団体である。桑野は04年5月に同組合の第三代目理事長に就任したのである。研究畑の桑野にとって同組合の理事長職は居心地がよく打ってつけの職種であったが、三洋電機の社長を辞任する身としては同組合の理事長職も辞めなければなるまい。そう考えて、桑野は組合員に理事長を降りる考えを伝えた。しかしこれも反対派が多く、結局辞任はお預けとなったのだ。
ただ辞めると決めたら辞めるのが桑野の信条である。おそらく桑野のなかに、太陽光発電に対する未練があったのだろう。とくに05年度で住宅用太陽光発電の普及補助金が打ち切られるという話を聞いていただけに、桑野は翌年度から太陽光発電の導入量が落ち込むことを懸念し、気が気でなかった。
事実06年度の住宅用太陽光発電システムの導入量は補助金廃止の影響で前年度比12.8%減の235MW、07年度に至っては同比25%減の176MWまで落ち込んでいる。
そこで理事長留任が決まった桑野はこう決意した。
「人生の第二の目標は、太陽光発電をさらに普及させる。そして日本のエネルギー問題に寄与するために、残る力をすべて出し切る」。
このとき桑野は64歳になっていた。同年代の仲間と酒を飲むと、定年後の余生の過ごし方で話が盛り上がる。しかし桑野はこれから新しい大仕事に取り掛からなければならない。熊本大学山岳部に入部して初めてのロッククライミングで絶壁を見た時の、あるいは三洋電機に入社し中央研究所に配属された頃の、あの新鮮でいて不安混じりの気持ちが確かに感じられるのだった。
体の衰えは気にはなっていたがまだまだやれる。そして可能ならばあのジェネシス計画を成し遂げたい。そう強く思った。
ジェネシス計画とは、桑野が1989年に国際会議で提唱したプロジェクトである。世界中のすべての国々に太陽光発電を設置して超伝導ケーブルで繋げば、世界のエネルギー需要を賄える。当時は子供が考える夢物語だと見向きもされなかったが、桑野はその夢物語を真剣に追い続けてきた。それは幼少期に体験した戦争への忌避感も深く関係しているのかもしれない。
化石燃料に依存し続けると、資源の枯渇やCO2排出量の増大を招く。しかしそれだけではない。エネルギーを地球上の資源に依存する社会からは、資源を巡る国家間の摩擦や軋轢はなくならない。太陽光発電だけでエネルギーを賄う社会が構築されれば、昼の国から夜の国へ電力を融通し合うようになる。世界各国がエネルギーを国家間で分け合うようになれば、争いのない社会を創造する糸口が見つかるかもしれない。
以後、桑野は、太陽光発電技術研究組合の理事長として太陽光発電に関する技術開発の発展に尽力した。産業技術総合研究所との連携を強めるなど産官学の英知を結集して技術の底上げをはかった。様々な有識者会議にも参加し、太陽光発電産業の発展に向け主張し続けた。そうした強い思いが天に届いたのだろうか。
08年に住宅用太陽光発電の補助金が復活すると、日本の太陽光発電マーケットは伸び始める。09年にはドイツを中心に欧州諸国でFIT(全量買取り式の固定価格買取り制度)が導入され、急速に市場が拡大した。10年、11年は中国メーカーのコスト競争力に圧倒され、日本の太陽電池メーカーは大きくシェアを落とした。だが、12年7月に日本版FITが導入されると、日本勢は息を吹き返し、増産に動き出した。
「今年度の日本の太陽光発電の導入量は7GWというが、まだまだ足りない。日本の太陽光発電のコストはまだまだ下がる」。
桑野は夢を見続け、そして夢を追い続ける。(文中敬省略)【完】
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