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独Qセルズ破綻 価格競争脱落

中国勢、軒並み赤字 米ファーストソーラー、2千人リストラ

中国勢に完敗

Qセルズ凋落の主因を端的にいえば、「中国勢の台頭」、そして「PV産業の構造的変化」である。

09年のPV市場は、米国発のリーマンショックと、スペイン政府のFIT大減額改定で、年初から急速に冷え込んでいた。PV関連製品が全般的に供給過多に陥り、価格が急落。高値安定だった多結晶シリコンの価格までが値崩れした。これによって、それまで高い原料費に悩まされてきた中国勢が、勢いを得て、増産・拡販へと動き、ドイツ市場で一斉に値下げ攻勢を仕掛けた。ドイツのモジュール市況は実に30%も急落する。

Qセルズの販売は突然失速した。08年頃から技術開発に力を注いできたものの、他社製品に対して差別化が図れるほどの水準には達していなかった。これまで販売を伸ばすことができた最大の要因は、価格競争力だったのだが、その価格競争において、中国勢の後塵を拝したのだ。完敗だった。

さらに、PV産業の構造的変化が同社の収益を圧迫する。

07年までは、セルメーカーを中心に、いわば〝上流〟で展開するPV企業が市場を先導していた。セル生産で頂点に登り詰めたQセルズは、PV産業においても覇権を握っていた。

だが08年以降、巨大なPV発電所が相次いで建設されるようになると、EPC(発電所の設計・調達・建設)企業やディベロッパー、IPP(独立系発電)事業者らが頭角を現す。この分野では、セル・モジュールは部材のひとつに過ぎない。価格決定権は自ずとEPC企業らが握るようになり、マージンは〝下流〟へ移る。最も利益率が低下したのがセルメーカーだった。

09年、Qセルズの収益は悪化の一途を辿る。旧型ラインの閉鎖や人員削減などのリストラクチャリングを行ったが、通期決算の最終損益は、出資企業の損失も加わり、13億4290万ユーロ(約1450億円)と巨額の赤字を抱えた。アントン・ミルナー氏は翌年3月に辞任、10年間の栄光は、僅か1年にして終焉を迎えるのである。

経済発展が遅れていたドイツ東部の町工場が、僅か6年で世界トップに伸し上がった。その成功はセンセーショナルに報じられ、アントン・ミルナー氏は〝時代の寵児〟と持てはやされていた。そこに油断があったのか。あるいは、辣腕経営者であっても、中国企業の実力を推し量ることができなかったのか。いずれにせよ、ミルナー氏の退陣とともに、Qセルズは衰退に向かう。

その後、同社は、新体制のもと経営再建を目指した。ドイツの製造拠点を閉鎖し、人件費が割安で製造コストを抑えられるマレーシアへ生産を全面移管した。これで一時は持ち直し、10年の通期決算では黒字化を実現する。

だが11年、またもやドイツ、イタリアのFIT改定で上期にPV市場が冷え込むと、中国勢の怒涛の値下げラッシュが再燃。マレーシアでのセル生産をもってしても太刀打ちできず、再び赤字に転落。再建の目途が立たず、倒産に至った。

Qセルズは、ドイツとマレーシアに約2300人の従業員と生産施設を持つ。世界9カ所に販売拠点を構え、日本には07年に進出、10年に日本法人を設立した。これらはどう整理されるのだろうか。

Qセルズジャパン広報部は、「今後は管財人のもと、事業継続に向け再構築を図る。ドイツとマレーシアでの生産は継続している」とし、「Qセルズジャパンは独立した法人として運営している。親会社の会社更生法申請に伴う影響はない。事業を継続し、製品保証も有効である」としている。

すでに中国の大手メーカーが、Qセルズの一部工場と研究施設の買収を検討しているという情報も聞こえてくるが、確証はない。

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