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西日本豪雨で露呈した太陽光の意外な弱点

死者220人を超えた平成最悪の西日本豪雨。現地を訪れると、太陽光発電の意外な弱点が見えた。被災地のいまをルポする。

燦燦と降り注ぐ日差しに青い稲田。夏の初めの心地よい田園風景が川ひとつ越えた途端一変した。小田川とその支流が氾濫し、水没した岡山県倉敷市真備町の一帯は、住宅も田畑も茶色に染まり、見るも無残な様子である。

川の決壊は7月7日の未明に起こり、町内はたちまち増水。水深は最大で4.8mに達したのだ。記者が訪れた14日にはすでに水は引いていたが、強い日差しに照らされ、乾いた泥が土煙となって立ち込めていた。

そんな劣悪な環境ゆえ、猛暑にも拘らずマスクと長袖服を着用した真備町在住の田村茂靖さん(46)。「早めに避難したので命は無事だったが、築3年目の自宅は可哀そうな状態。片づけてから今後のことを考える」と厳しい表情を浮かべる。

京都府福知山市でも由良川支流が氾濫し、床上まで浸水した住宅は187棟にのぼった。農業と自動車整備業を兼業する大西正剛さん(25)は、倉庫が浸水し、「1台300万円もする米の乾燥機が水を被り、コンピュータが駄目になった。中に泥が入ってもう使えない」と嘆息する。

福知山市は14年8月にも豪雨災害に見舞われ、住宅全壊13棟・床上浸水2000棟以上の被害を受けていた。それだけに大西さんは、「14年の災害より前は洪水が起こるようなことはなかった。ここ数年で立て続けに発生している」と話す。

広島県安芸郡坂町は、特に被害が甚大な地域のひとつだ。21日16時の時点で16人の死亡が確認されており、今も大勢の自衛隊員が派遣されている。地元に住む女性は、「6日の夜、家の前の道路が濁流に変わった。周りが暗く、避難しようにも怖くて外に出られなかった」と当時の恐怖を振り返る。雨は8日までに峠を越えたが、記者が訪れた15日でも、まだ一部の路上を泥水が勢いよく流れていた。

他方、6日から7日にかけて広範囲に冠水した福岡県飯塚市では、災害の痕跡は意外に目立たなかった。たばこ店を営む女性は、「水が引くと、すぐに市のゴミ収集車が隊列をつくってやってきた。おかげで路上が片づき、災害があったとは信じられないほど」と強調する。とはいえ、床上まで浸水した飯塚市役所頴田支所の周辺はうっすらと泥が被り、街中にはマットレスを干す家も見受けられた。

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